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ゆるふわ生活

都会での生活に疲れてワーホリ行ってみたけど失敗した20代半ば♀、ゆる〜くふわっと生きてます。主に映画と本と美容とゆるふわについて書きたいです。

『無駄』よりも『楽しむこと』を考えよう。

私は、何においても常に効率良く動けること、効率良く成果を得られることを意識して生活していました。

だから、無駄なことが大嫌いです。

無駄だと思うことは極力したくない。

 

これとあれがほしいから、こことあそこに行って買い物が終わったら何時には帰ってきて何時から誰々と会う、そのあとはどこどこに行って・・・

と、常に効率良く動けるように毎日予定をギッチギチに詰め込んだり。

食事だって、お腹にたまって栄養がとれればいいじゃん・・・

と、料理の時間を削って。

テレビだってゲームだって、私には何の利益もない・・・

と、娯楽を排除して。

この子と話してても、何も得られないからもう遊ばない・・・

と、友達を切り捨てて。

ただただ日を浴びてぼーっとするのなんて、時間の無駄でしかない・・・

と、リフレッシュ、リラックスする時間までも排除して。

 

代わりに、空いた時間にすることといえば読書、勉強。

そして趣味の映画鑑賞。

常に、自分が成長できることに時間を使っていたい。

社会人になり、時間に余裕がなくなってから特にこの傾向が強くなっていきました。

 

でも、そうやって自分が無駄だと思うことを排除して生きていたら、自分は何のために生きているんだろうって思うようになりました。(そして少しだけ心と体が病気になりました。)

日々を『生きる』のではなく、ただただ日々を『消化』しているだけ。

 

本当にこの生き方でいいのかな。

無駄って何だろう。

無駄について少し考えてみた結果、人間の生活はすべては無駄かもしれない、そんな風に思えてきました。

もしかしたら、私が生きていることさえも無駄かもしれないなって、生活の役に立つ何かを発明した有名人でもなければ、経済効果100億円の芸能人でもなく、日々平々凡々に暮らしてる一般人なわけですからね。(これはちょっと精神的にまずい考え方ですけどね)

私が排除していた無駄は、たくさんの無駄の中のほんの一部でしかありませんでした。

人生、無駄なことだらけでした。

 

でも、その無駄を排除したらきっと、何も残らない。

 

 

 

この間湖で読書をしていた時、周りの人たちは、ただ寝そべって日を浴びたり、りんごをかじったり、おしゃべりしたり、本や雑誌を読んだり、タバコを吸ったり、ボードゲームをしたり、皆が思い思いの時間を過ごしているようでした。

何か特別なことをしているわけではなく、ただただその空気と時間を楽しんでいる。

 

無駄排除生活の結果、私が失くしてしまったもの、そして私が無駄だと思っていたことは、『人生を楽しむこと』だったのかもしれません。

意味なんかなくってもいい、自分が気持ちいいと思うことをすればいい。

やらなきゃいけないことはたくさんあるかもしれないけど、時にはただただぼーっとして時間を過ごしたっていい。

 

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人生は無駄なことだらけかもしれない、でも本当に無駄なことなんて一つもない。

本当に無駄なことは、そもそも誰もやろうとしないからきっと存在しようがない。

ものでも行動でも、そこに存在する限り必要とされて生み出されたはず。

 

 

ゆるふわ生活をしよう、そう決めたのも、『無駄』と『効率』という言葉を頭から消したかったからです。

今までは効率ばかり求めて常に自分が成長できていないと嫌でしたが、そんなことを考えないほうが人生は楽しいかもしれない。

 

人間生活の一つ一つを、無駄なんて考えずに楽しみながら、心豊かに生きていきたいものです。